冷徹で「優しいAI」
「私の命を預かる手」を測る
自分が手術台に横たわり、麻酔が効く直前のことを想像してみてほしい。マスク越しに見える執刀医の目が、もし不安に揺れていたら。あるいは、誰もが認める「神の手」を持つベテラン医師の手元が、年齢のせいでわずかに震えていたら――。
患者にとって、執刀医の「技術」は文字通り命のすべてだ。しかし私たちはこれまで、その実力を「名医」という評判や、病院のブランドという曖昧な霧の向こう側に信じるしかなかった。
名古屋大学が開発した、医師の「視線」や「筋肉の信号」から手術の習熟度をAIで判定する技術は、そんな医療のブラックボックスに一条の光を投げかける。ベテランの「勘」や「コツ」という暗黙知がデジタルデータとして可視化され、若手医師の「迷い」が瞬時にスコアリングされる。自動車の教習所のように、客観的な合格サインを出せる仕組みだ。

患者の視点から見れば、これはAIに技術を保証された外科医に命を預けられるという、かつてない安心感をもたらす。働き方改革で修業時間が減った若手医師であっても、データに裏打ちされた最短ルートで「一流」へと引き上げられているのなら、私たちは安心して身を委ねることができる。
しかし、この技術がもたらす未来は一筋縄ではいかない。技術が数値化され「医師の偏差値」が可視化されれば、私たちは当然「Aランクの医師」にしか執刀を望まなくなるだろう。それは医療訴訟の引き金になり得るし、何より、データには収まらない「泥臭い人間の直感」や、想定外の事態に立ち向かう「野生の勘」を持つ医師を排除してしまうリスクも孕んでいる。また、ベテラン医師のプライドを傷つけることなく、その「引き際」を冷徹に告げる残酷な鏡にもなり得る。
まな板の上の私たちは、完全無欠なAIのスコアだけを求めたいわけではない。技術のデジタル化がもたらす本当の価値は、医師から「技術の習得や衰えへの不安」を取り除き、目の前の患者と向き合う「人間らしい温かさ」にそのエネルギーを注いでもらうことにあるはずだ。冷徹なAIの眼差しが、結果として最も優しい医療を育む。そんな未来を切に願っている。


