「適材不適所」という病理

「440万人余剰」が暴く人手不足の嘘

世の中は猫も杓子も「深刻な人手不足」の大合唱だ。少子高齢化で労働力が足りない、だから移民だ、高齢者の活用だと騒ぎ立てる。だが、経済産業省が突きつけた「2040年までに事務職が440万人余る」という冷徹な試算は、この国を覆う通説の欺瞞を容赦なく暴き出している。

日本が直面している危機の正体は、労働力の絶対量不足などではない。「適材不適所の極み」とでも呼ぶべき、極端な配置ミスだ。

国を挙げた大いなるミスマッチの構図は明快である。地方の物流、介護、製造といった現場では、文字通り「動ける手足」が決定的に足りない。

その一方で、東京圏をはじめとする都市部のオフィスには、生成AIによって明日にも仕事が消滅する「パソコンを叩くだけの人材」が数百万規模で過剰に滞留している。この歪んだ偏在を放置したまま「人が足りない」と嘆くのは、ただの思考放棄でしかない。

伊藤忠商事が一般職を「ビジネスエキスパート職」へと再定義し、先手を打ったのは見事。しかし、この動きに拍手喝采を送るだけで済む段階はとっくに過ぎている。真に恐ろしいのは、大企業が事務職の門戸を閉ざした後の社会の動向、すなわち心理的センチメントの壁だ。

「東京の綺麗なオフィスで、座って内勤事務をしたい」と願う層が、椅子の数を減らされたからといって、明日にでも地方の現業へ這う這うの体で移動するだろうか。答えは否だ。人間はそこまで合理的な駒ではない。昭和・平成型の安定神話」にしがみついたまま都市部に居座り、スキルなきミドル・シニアの余剰人員として市場に溢れかえるのが関の山だろう。

結果として何が起きるか。都市部には「AIに居場所を奪われた元・事務職」の失業者が溢れ、地方は相変わらず「誰も来ない」まま静かに崩壊していく。双方が勝手に首を絞め合う最悪のシナリオだ。

私たちが疑うべきは、ただの「人口減少論」である。本当に必要なのは、消えゆく事務職を延命させるための生ぬるい「リスキリング」ではない。都市部のぬるま湯にスタック(stack:積み上がる)した大量の労働力を、いかにして実効性のある現場へとダイナミックに再配置するかという、残酷なまでの構造転換だ。

「適材不適所」の椅子取りゲームを終わらせない限り、この国の「人手不足」という名の病は治らない。